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東京家庭裁判所 昭和42年(家)5828号 審判 1967年7月26日

申立人 佐野隆行(仮名)

事件本人 佐野正司(仮名) 昭和二二年一二月一日生

主文

本件申立を却下する。

理由

一、申立人は、「申立人が未成年者を養子とすることを許可する。」旨の審判を求めている。

二、そこで、先ず、申立人本人に対する審問の結果、当庁家庭裁判所調査官補永野勝久の調査報告書、事件本人の親権者の照会回答書および本件記録添付の戸籍謄本によれば、

(一)、申立人は(亡)佐野多一郎と公子との間の長男として昭和一五年四月八日に出生し、現在株式会社「ホテル・○○」のセールスマンたる職にあり、年収平均額は約五〇万円程度であること、(二)、申立人は昭和四二年一月内妻悦子(当二一歳)と事実上の結婚をなしていること、(三)、申立人は既に昭和四二年五月一二日佐野恭子(佐野徹二・公子間の長女で昭和二一年六月二日生)を養子としていること、(四)、事件本人は昭和二二年一二月一日佐野徹二・公子間の長男として出生(従つて、申立人の異父弟であり、右恭子の実弟にあたる。)、現在都内世田谷区○○一丁目○○番○号本多勝典方に下宿して日本大学経済学部在学中(二年生)であること、(五)、事件本人は、如何なる理由乃至動機により申立人の養子となろうとされているのか、殆ど全くといつてよい程無知・無関心であり、本件養子縁組に関する話を聞いたのは、昭和四二年六月頃実父徹二の口から耳にしたのが始めてで(因みに、本件申立は昭和四二年五月二二日になされている。)、その際異存の有無を確かめられたが、何の躊いもなく同意の意向を答えたこと、(六)、事件本人の実父徹二は申立人の亡父多一郎の実弟で、現在、富山県○○市で○○○酒造株式会社および○○商事株式会社の各代表取締役社長たる地位にあり、年間平均収入額約二〇〇万円のほか、時価約一、〇〇〇万円の資産を有する素封家で、上京中の事件本人に毎月約二万円を送金していること、(七)、申立人の実父多一郎は旧民法下の昭和一五年一〇月に死亡、所謂家督相続により申立人が莫大な資産(約六千万円)を承継したこと、(八)、本件養子縁組の発案者は事件本人の実父徹二であるが、事件本人を申立人の養子とすれば申立人の第一順位の相続人となり、将来前記資産をめぐる親族相互間の「円満」な関係の形成を確保し得るであろうという点に、右発案の第一次的な動機が存在すること、(九)、本件申立の背後には、右徹二の親族下田信三郎(株式会社「ホテル・○○○」および下田○○株式会社の各代表取締役社長」の着想も可成りの比重を占めていること

がそれぞれ認定・窺知される。

三、ところで、改めて多言するまでもなく、未成年養子縁組の許否を判断する際最も重要な基準は、当該縁組が養子となるべき未成年者の福祉に合致するか否かであるが、具体的に未成年者の福祉の意義を判定する尺度は頗る複雑な要素をはらみ、観念的、抽象的な立場のみに依拠するのは妥当を欠き、広汎な角度からの考慮にまたなければならないであろう。しかしながら、民法七九五条が未成年養子制度の濫用防止のため家庭裁判所の後見的介入を認めている基本理念にかんがみれば、社会通念上養育関係を本質的要素とする親子関係の創設が意図されていない養子縁組は、かりに一見何らかの意味で未成年者の「利益」にかなうと窺われる事実があつても、それが旧民法的習俗の復活に通ずる背景とつながつていないかどうか、慎重な検討を必要とするものと解する。特に、本件のごとく、親族的紐帯関係の強化と養親子関係の法的公認をパイプとして、所謂大家族的構成の解体と「家産」分散を防ごうとする申立動機が随所に散見される事例については、ひときわ強く、注意深い態度で申立の許否を判断しなければならないと考える。

この点を念頭におきつつ、以下具体的な考察を進めると、(a)、先ず、縁組当事者問の年齢差が頗る僅かで、凡そ、親子関係という社会的な定型と隔つているばかりか、現に、事件本人の意識には、異父兄弟としての観念こそあれ、今後親子関係を創設してゆこうとの感覚が皆無に近く、(b)、本件申立の背後には、前記のような「家産」が非血縁者の側に拡散する恐れを予防しておこうとする佐野徹二等の意図が根強く伏在しており、(c)、事件本人は、現実に相当裕福な経済的境遇のもとにあり、申立人の保護救済に依存すべき特段の事由が見当らず、(d)、申立人は、ゆくゆく婚姻を経由して(現に、内妻がある。)、実子に恵まれる可能性に富んだ年代にあり、(e)、しかも、申立人には既に養女恭子があり、更に、未成年養子を迎える必要が何処にあるのか(前記徹二等の意図如何はともかく)、極めて理解に苦しむというほかはない。

四、右に説示したごとく、本件申立には多々疑念をさしはさまざるを得ず、従つて、本申立を却下するのを相当と認め、主文のとおり審判する。

(家事審判官 角谷三千夫)

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